Snow&Pearl
丘の上の
樅の木の下に
君が立っている
愛を受け入れてもらえず
凍ったままの心を抱えて
世の中に裏切られ
ひびわれた胸を押さえて
ささやかな願いが叶わずに
痛めつけられた夢を隠して
それから夜になり
樅の木の下に
人々が集まって来る
愛すれば愛されるという嘘
誰にでも運命的な出会いがあるという嘘
真面目に生きていれば報われるという嘘
夢は実現できるという嘘
傷んだ無数の心が
樅の木を見上げる
疲れた魂が白く浄められ
流された涙が癒されるときが
いずれは来ると
言い残した男が
遠い昔のこの日に生まれたのだ
雪が降り積もる
樅の木の下で
人々が昏い空を見上げ
誰に何を問うべきか
探しながら佇んでいる
飲み込まれた多くの涙と
こぼれ落ちた嘆きが
蒼い真珠のように輝いて
枝を飾り
沈黙する空に瞬き返す
猫日和
冬晴れの午後には
庭の梔子の根もとで昼寝
誰にも頼ってないし
気にかかる相手もいないので
心のすべてが
陽光に向けて開かれる
凍りつく夜に耐えて
訪れた太陽の祝詞に
金色の毛並みが
うねって踊って艶めく
愛がないと駄目だと
人間たちは飽きもせず
語り続けるけれど
猫にだって愛はある
何よりも自分自身を慈しみ
薔薇色の舌と澄んだ唾液で
宝石のように爪先まで磨きあげ
生きているのさ
自分を好きになれない
人間たちの不幸に関しては
猫の知ったことではない
夕暮れになると
自分の影と溶け合って
星の雫を舐めて歌う
素晴らしい猫の一日
祝祭日
あたしのハートをあげるから
高く買ってねと
ささやく少女の
くすんだ唇
あたしはお金が好きだから
取引しましょうと
微笑む女の
染め過ぎた髪
冬枯れの街に
ひびく競売の槌音
嘘でもいいから
愛が欲しいと
言いそうな自分を
消したい青年
本当のことを
自分が誰からも
愛されてないことを
知りたくないので
こわばった上目遣いで
足早に歩く男たち
灰色の街に
人々の打算と願いと呪詛が
こだましてさざめく
この如月の祭りの日
私はと言えば
贈るあてもない
極上のトリュフを
野良猫帝国の無愛想なボスに
食べられてしまった
ハッピーバレンタイン
殉教者の錆びた心臓の鼓動
Happiness
いま
僕たちの人生が
薄く冷たい氷の上を
凍えた足で渡るだけの
ものだとしても
聖らかな雪の朝には
思い出してみよう
冬休みの子供時間の
きらびやかな歓び
クリスマスの
ときめきと微熱
新しい年の
華やぎと不安を
生きることに慣れていなかった
魔法の季節
大人になった僕たちの日々が
倦怠と失意の繰り返しにしか
見えないとしても
蒼い樅の木の指先で
星が震えてこぼれる夜には
歌いながらひとつひとつ
拾い集めてみよう
人間として
今日も地上に在ることの
不思議と怖れと
happiness
碧空
誰からも好かれたくて
誰からも愛されない君は
冷たい水晶の風の中で
口笛なんぞ吹いていた
凍った街をぬけて
海へつづくあの橋の先端に佇み
天使の慈悲を待ち受けていると
悪魔の毒薬入りの
にわか雨が降って来る
愛されなくとも
愛せなくても
どうってことはないんだと
言いながら
覗いた万華鏡の断面に
君の心臓から滲むものが
紅くひろがり
君の頭頂から咲き出した花は
さびしい旋律を奏でて
冬の碧空へと伸びて行く