PART 1PART 3






Snow&Pearl


丘の上の
樅の木の下に
君が立っている

愛を受け入れてもらえず
凍ったままの心を抱えて

世の中に裏切られ
ひびわれた胸を押さえて

ささやかな願いが叶わずに
痛めつけられた夢を隠して


それから夜になり
樅の木の下に
人々が集まって来る

愛すれば愛されるという嘘
誰にでも運命的な出会いがあるという嘘
真面目に生きていれば報われるという嘘
夢は実現できるという嘘

傷んだ無数の心が
樅の木を見上げる


疲れた魂が白く浄められ
流された涙が癒されるときが
いずれは来ると
言い残した男が
遠い昔のこの日に生まれたのだ


雪が降り積もる
樅の木の下で
人々が昏い空を見上げ

誰に何を問うべきか
探しながら佇んでいる


飲み込まれた多くの涙と
こぼれ落ちた嘆きが

蒼い真珠のように輝いて
枝を飾り
沈黙する空に瞬き返す













Decision




地上がどんなに荒れ果てても
僕の心は花の種子を宿し
生まれたての子馬のように震えて

すべての水が濁りきっても
僕の喉は渇くことなく
夜のフルートのように透きとおり

存在し歌い続ける

あらゆる悪意に汚されず
人生は幻影ではないと納得し
まがいものの希望よりも
底深い絶望を持って
君を見る

偽善の愛よりも
真実の怒りを抱いて
世界と向き合う

素足で砂地を歩き
毒草の野をよぎり
凍る雪原を越えて

風の声だけを味方に
涼しい顔で
生き抜いて行く

追っても無駄さ
















猫日和


冬晴れの午後には
庭の梔子の根もとで昼寝

誰にも頼ってないし
気にかかる相手もいないので

心のすべてが
陽光に向けて開かれる

凍りつく夜に耐えて
訪れた太陽の祝詞に

金色の毛並みが
うねって踊って艶めく

愛がないと駄目だと
人間たちは飽きもせず
語り続けるけれど
猫にだって愛はある

何よりも自分自身を慈しみ
薔薇色の舌と澄んだ唾液で
宝石のように爪先まで磨きあげ
生きているのさ

自分を好きになれない
人間たちの不幸に関しては

猫の知ったことではない


夕暮れになると
自分の影と溶け合って
星の雫を舐めて歌う

素晴らしい猫の一日

















祝祭日

あたしのハートをあげるから
高く買ってねと
ささやく少女の
くすんだ唇

あたしはお金が好きだから
取引しましょうと
微笑む女の
染め過ぎた髪

冬枯れの街に
ひびく競売の槌音

嘘でもいいから
愛が欲しいと
言いそうな自分を
消したい青年

本当のことを
自分が誰からも
愛されてないことを
知りたくないので


こわばった上目遣いで
足早に歩く男たち

灰色の街に
人々の打算と願いと呪詛が
こだましてさざめく
この如月の祭りの日

私はと言えば
贈るあてもない
極上のトリュフを
野良猫帝国の無愛想なボスに
食べられてしまった

ハッピーバレンタイン
殉教者の錆びた心臓の鼓動









Happiness



いま
僕たちの人生が
薄く冷たい氷の上を
凍えた足で渡るだけの
ものだとしても

聖らかな雪の朝には
思い出してみよう

冬休みの子供時間の
きらびやかな歓び

クリスマスの
ときめきと微熱
新しい年の
華やぎと不安を

生きることに慣れていなかった
魔法の季節

大人になった僕たちの日々が
倦怠と失意の繰り返しにしか
見えないとしても

蒼い樅の木の指先で
星が震えてこぼれる夜には
歌いながらひとつひとつ
拾い集めてみよう

人間として
今日も地上に在ることの
不思議と怖れと
happiness














Truth


ものぐさな
大人たちの嘘が
鉛色の花束よりも昏く
枯れ果てる刻

僕は
ねばならないの森を抜け
すべきだの湿原を越え
しがらみという刺客を撒いて
雪明りの丘に立つ

原初の空白のなかで
すべての事物を
本当の名前で呼ぶために


愛にこだわりながら
古びた観念やら錯覚で
瞳孔がふやけてしまった君は

僕の隣で夜風に吹かれ
乾いた真実の種子を拾い上げたら

君が求めているものは何なのか
借り物ではない願望は
どれほど烈しい色なのか

この清らかな冷気の底
君だけの場所で
見出すのさ












碧空


誰からも好かれたくて
誰からも愛されない君は

冷たい水晶の風の中で
口笛なんぞ吹いていた

凍った街をぬけて
海へつづくあの橋の先端に佇み

天使の慈悲を待ち受けていると
悪魔の毒薬入りの
にわか雨が降って来る

愛されなくとも
愛せなくても
どうってことはないんだと
言いながら

覗いた万華鏡の断面に
君の心臓から滲むものが
紅くひろがり

君の頭頂から咲き出した花は
さびしい旋律を奏でて
冬の碧空へと伸びて行く












Holy moon


聖なる夜に
壊れた世界を
月が蒼く照らす

生を憎む者と
愛を知らない者が
シャンパンの壜を
叩き割る

卑屈な男と鈍感な女
無力な子供たちが
踏みにじられたケーキを
拾って食べている

美しかった大地の上に
灰色の塵がつもり
歌声も消え失せた

そして黙り込んだまま
月は地上を照らす

黒ずんだ海も
燃え落ちた森も
病んだ冷気も

この異教徒の祭りの夜には
タンザナイトより
蒼く輝き

いのちが
かけがえのないものと
信じられていた昔を
呼び起こす

月がくしゃみして
飛び出した氷の欠片が
枯れたモミの木の
てっぺんに刺さり

星を守る人々が
流砂の果てに
灯をともすのが見えた















花束


さて人類は
この世のすべてが
自分達のためにあると
思い込んだために

愚かな争いを
繰り返し
きれいさっぱり
滅びてしまった

生命より虚栄を
慈愛より暴力を選んだ
こっけいな種族の歴史は
砂丘の虹より儚く
風に溶け

新しい年の始まりの朝
地の果てに生き残った
シマウマやキタキツネや
コガネグモやノビタキを
太陽が照らす

いのちあるもの
きよらかなもの
あどけないもの

それらを祝福する
光と色と熱と
惑星の音楽が

花束のようにかぐわしく
地球を彩る
のだ










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