五月の歌
メイストームが
吹き荒れて去った朝
またひとり
若い男が死んだ
花束を抱えた少女たちが
七色の髪を逆立てて
群れつどい泣いた
彼女たちの嘆きの重さに
橋がたわみ警官が走った
橋の向こうでは
男たちが
パンを求めて並んでいた
誰かに何かに
泣き叫ぶほどの
愛を感じることも忘れて
男たちは疲れ
途方に暮れた
生きていかなくちゃ
とにかく
生きていかなくちゃ
呪文のように
男たちはつぶやき
少女たちは
死にたいとうつむいた
寺院の屋根の上
浮かぶ気球の中で
赤い眼をした
老政治家が手を振った
気球は雲に飲みこまれ
地上では
武装した少年たちが
手始めに犬を殺し
父を切り裂き
校舎を爆破した
悪魔が
新緑の木立を
ゆらして飛び跳ねる
あざやかな五月の真昼に
テレパス
君が苦しいとき
僕の心臓もえぐられて
君が悲しいとき
僕も魂ごと水底に沈んでいく
君が楽しいとき
僕は口を開けたまま少しだけ眠り
君がさびしいとき
つたわる震えをやり過ごすため
ひとり占いをして呼吸を凍らせる
こんな僕の体質
すべて
君と出合った日から
第七天国
男はわかっていた
自分なんか本当は
たいしたことないと
誰にもばれないように
見透かされないように
干草の鎧を作り
穴のあいたヘルメットで
武装した
女は思っていた
自分はかなり素敵で綺麗で
格好いいのだと
何か文句がありますか
あたしはあたしだから
その無邪気さで
他人を傷つけても
その図太さで
男を踏み潰しても
男は女と出会わないですむように
裏通りを歩きまわり
女は柑橘類を食い散らしながら
海の水を飲みほして
砂浜いっぱいに広がった
増殖する女と退縮する男を
案じた無性の天使が
降りて来て
男を救おうとしたが
女に踏み殺される前に
連れ去ってくれと頼むので
天国へ送ってやった
男の居なくなった街角を
明るい表通りを
女は威勢良く地面を蹴って歩き
天使は女に見つからないように
アーケードの影に隠れて祈った
あの恐ろしい生物が
いつまでも地上にとどまるように
心弱き者の安らぎの国に
殴りこみをかけないように
今日
女は天使の羽根で作った
コートを着て
パーティーに行く
Dream
優しいひとと
甘いひとは
別物ってことすら
わからない君は
春の埃っぽい風に溺れて
発熱し摩滅する
優しさと弱さの区別すら
つかない君は
空洞の中に住み
窒息して死にかける
助けようとしない僕に
悪態をつく勇気もなく
ただ恨めしげな視線を残して
僕のこころは
蒼い水のように
自在に流れを変えて行く
優しいひとでありたいと
意識したこともない
僕の髪と皮膚は
遠い国の砂塵や毒草の
香りがするだろう
優しさとは
誰をも傷つけないことだと
思いこんでいる君が
誰からも嫌われたくないと
おびえて祈るだけの君が
僕を理解しようなんて
虚しい夢
白い手
三月の庭で
揺れる花の枝が
星のように瞬きかわす刻
老人は目覚め
少年は眠る
老人の頭にたなびく灰色の雲
少年の胸に刺さる蒼い棘
おかあさん
聴こえますか
僕は八十八歳です
がんばって生きて来たけれど
もう何もわからない
僕は十四歳だけど
生きているのが辛いです
浅い呼吸と
凍った横隔膜が
無言の闇に溶ける頃
眠れない老人と
もう目覚めたくない少年の
渇いた額に
透きとおる春の粒子で創られた
白い手が置かれる
彼方の人へ
あの雲の果てに
君は居るだろう
つまらなそうに
天の野苺を貪り食っては
絵筆を投げ捨て
昼寝をきめこむ
怠惰な君が
その夜の向こうに
君は居るだろう
群青の静寂のなかで
金銀の音符を紡いでは
冷たい吐息で
月の弦を凍らせる
壊れやすい君が
この宙の彼方に
君は居るだろう
憧れだけで身を養って
疲弊しきった心臓が
咲ききらずに枯れた花のように
むなしく脈打つ
慎ましい君が
世界の終りの日まで
誰かを待ち続けながら
この世では
交わることのない
君たちの触角と僕の虹彩
星の流れる音を聴きながら
それぞれの結界で
永遠に独り
Melancholia
五月になると
薔薇はひそかに
醒めた息を吐いて
うなだれる
野に街にひかり溢れる
この季節に
薔薇は憂いで
花片を揺らす
この輝きのあとには
世界が灰色の雲に覆われて
丘の向こうでたくさんの子供たちが
死ぬだろう
心弱い人間どもは
すべてをあきらめて
甘い毒酒をあおりながら
この星が滅びるのを
待っているのか
つぶやく薔薇が静脈を震わせて
全身に巡らす針水晶のトゲ
悪魔に借りた黒いケープを
ひるがえして
のんきな揚羽蝶がひとり
葉蔭を掠めて行った
答えの無い憂鬱を抱いて
薔薇は瑠璃よりも海よりも
青く蒼く染まる
猫時間
百年前から
この庭に住んでいるような顔をして
薔薇や芍薬の臥所で夢を見る
計算を知らず
高望みもせず
眠り目覚め食べて
散歩して喧嘩して
ときには花の匂いをかいで
首をかしげ日が暮れる
あどけなく流れて行く
おまえの時間は
永遠と重なる綺麗な色とリズムで
満たされていて
人間には想像も出来ない
遠い世界と繋がっているらしい
宇宙の一隅で
命そのものとして
呼吸するおまえは
ただ生きて在ることの
輝きに包まれて
五月の庭を歩く
生きものの哀しみを
ふわりと背中に乗せながら
感傷もなくしなやかに
蜂蜜の瞳で振り向く
僕の小さな猫
Spring water
人生は暇つぶしと
君がうそぶくとき
遠い草原で
古い地球儀は廻り
愛なんか知らないと
君がしゃがみこむとき
異国の砂丘では
血の色をした花が萌え出た
乾いた皮膚に
ひびわれた空と
昏い海が映る朝
この星の芯から
約束どおり
溢れた水が
すべてを呑み込む
退屈すぎると君が言った
あの静かな優しい日々と一緒に
流されながら
僕は眼をつむり
溺れながら
君は泣いた