ミス・ブラックマジック




黒ずんだ葡萄を食べながら
次は何を手に入れようかと
君は考える

怪しい美貌も黄金も宝石も
すべて望むものを得たけれど
安らぎの境地には冥王星より遠く

もっともっと
いっぱいいっぱい
地上のものみな
独占したくて

君は灰色の舌の蝙蝠に貢ぎ
優しげな妖怪と契約を交わす

ミス・ブラックマジック
愛さえも魔術で捏造できると
信じる君の洞窟めいた瞳

誰もが
夢は夢のまま終わっても
あきらめと希望を繰り返し
健気に生きているというのに

君は全部が思い通りにならなきゃ
気がすまない

自分の欲望のためだけに
生命を消費すると
早く枯死するという宇宙の法則を
知らず

倒壊の日に向けて
走り続けるのを
止めるものもなく

もっとたくさん
あれもこれも欲しいと
跪いて魔物に祈りを捧げる
ミス・ブラックマジック

前世のデータでは
君はとてもさびしい子供だった











いのち



秋の寂光を背に浴びて
飛ぶように駆け抜ける

人間の何倍もの速さで年を取り
去って行く種族

わずかな時間に
愛を求め恋に病み
裏切られ
すべてを忘れる

その三日月の瞳の中に
宇宙の始まりから継がれた問い

何も残さなくても
いいのかな
生きられるだけ生きて
消えてしまったら
どこへ行くのかな

僕を見つめるおまえ
みじかい刻を
アレグロで走り去る疾風の子

誰よりも深く
この世界のまぶしさと脆さを
知っているような足どりで

そんなに
急いではいけない














November Bridge



この季節が来ると
地上は
弱々しい人々の溜息で
霜枯れて白くなる

何も残らない冷たさで
君の額の傷あとを撫で
愛を欲しがる指を
無表情に払いのけ

十一月は
あざやかな厳しさで
曖昧な願いを凍らせて打ち砕き
通り過ぎて行く

君の幼い魂が
何も持っていないことの幸福を
知るまでは

秋と冬の狭間にかかる
この虚無の橋は
黄泉の国へと繋がるばかり















秋の雫


聖三角形に尖った耳の
柔毛をくすぐる
秋の呼び声

昏い夏をくぐりぬけて
とにかく君は生き延びた

生命より大切なものがあると
叫ぶ人間どもの
ざわめきから遠く離れ

ちぎれたしっぽ
埃っぽい背中

月を宿した瞳で

君は細く喉を鳴らし
透きとおる秋の雫を
飲み干す

吹く風もうれしく
涼しい光もここちよく
飛行機雲も楽しげだ

いのちの歓びを
小さなからだいっぱいに
味わい尽くし
生きることの幸せを
疑う気配すらなく

枯れ草のベッドに
微笑み眠る君は

蒼い沈黙の果てから
永遠を司る者の
大きな胸に抱かれている














幸福


幸せになるためには
多くのものを手に入れること

そんな呪文が
赤いスプレーで
書かれていた

校舎の屋根に
市役所の壁に
プールの底に
青空に刺さる鉄塔に

恋人や金や子供や墓や車や仲間
すべてを持っていないと
とても不幸な人生だと

前のめりに急ぐ人々の
誰もが信じていた

何も所有していない僕は
野薔薇の茂みに隠れて
空気の中から蜜を取り出し
黄昏どきに歌を探す

誰にも見つからないように
地上の闇の温度を測り

かろやかな心臓の
奏でるリズムで眠る


僕に必要なものは
唯ひとつだけ

自由に呼吸する
生まれたての魂













雲の梯子


雲の上にも
葡萄の香りが満ちる頃
下界は渇いて

高笑いする邪神と
舌なめずりする悪鬼で
にぎわう回り舞台に

手を打ち鳴らし
歓声を上げる群れ

君たちこそは
人間そのもの
おが屑だらけの頭

その昔
君たちの間抜けさに
腹を立て
呪詛の言葉を投げた僕だけど

もう何も言わない
なじりもしない

幸福を夢見て
不幸の淵へと
なだれこむ君たちと別れて
ヒト科の因襲を棄てた僕は

石つぶても届かない空間で
天地の掟に逆らわず
雲の梯子に腰かける

結晶化した怒りが
トパーズのように光って
磁気嵐が踊る















少女


少女はいつだって不機嫌だ

無能で石頭のオヤジたちが
ただでさえ生き辛いこの世を
滅茶苦茶に壊しまくるし

憧れの渦巻き王子は
電波の彼方で笑ってるだけだし

バイトして買った
ジーンズの色落ち具合は
まるっきり気に入らないし

クレープから零れ落ちたキーウイを
薄い唇にくわえながら
少女の眼には
悲しみに似た敵意がにじむ

あいつらどうして
あんなに穢くてカッコ悪いんだろう
あの横柄で黒ずんだオーラの男たち

無知な女の子かもしれないけど
あたしはあいつらほど
馬鹿じゃないつもり

平和より戦争が好きで
金儲けに血眼で
勝ち負けにこだわる見栄っ張り
あのオクレテル男たち

あいつらに命令されたって
聞こえないふりして爪を磨くだけ

あたしの小さな願い
できるだけまあるく楽しく
暮らしたいから

綺麗じゃないものは
許せない
死ねばいい

あの嘘とインチキと冷たさのかたまりの
不潔な男たち

あたしの羽に触らないでね
消されたって知らないからね















天使の果実


夕暮れどきに
古びたピアノを弾いていると
ドアが開いて
葡萄を銀の皿にのせた天使が
顔を出し
「食べなさい」と言う

僕は空腹ではないので
誰か他の人にあげてと頼むと

この皿の上に
美しい果実が存在していることが
見えない連中には無理だと
天使は笑った

「神は人間たちに
たくさんの美味な贈り物を与えたのに
彼らは愚かにも
果樹園を根こそぎ荒らして腐らせたのです」

天使の綺麗な弓形の唇は
かすかに歪んで

「人間は自分たちが生まれながらにして
満たされていることを
悟りもせず文句ばかり
彼らには絶望と失意が何よりのご馳走だ」

おそろしく低い声で
ぶつりと言い切ると
天使は皿を高く掲げ
ドアを閉めて出て行った

宇宙には
何ひとつ足りないものはなく
人間は唯
視力を高めさえすれば良いのだと
気づくのには時間がかかる

苛立つ天使よ
忍耐が必要だ

ふしあわせな気分のときは
疲れた翼を休めて
青く冷たい一粒の葡萄を
君も味わえばいい












ちいさきものは



海が燃えたり
山が裂けたり
人間が逃げ惑うとき

ちいさきものは
どうすればいい

ついきのうまで
やすらかに無邪気に
ごはんを食べたり
昼寝したり
思いっきり欠伸したり

しあわせだったのに

地上が荒れ狂い
星が壊れかけるとき

ちいさきものは
よるべなく

人間よりも価値のない存在として
取り残される

彼らの眼に映る
この世界は
何色なのか

身勝手な人間たちを
憤るでも許すでもなく

ちいさきものは
生命の鼓動のまま
誰もいなくなった地球の片隅で

無言歌を鳴らす
青空を見ている















葡萄


生きてゆくのが
面倒になるほど落ち込んだ
十一月の長い夜に

誰が置いたのか
テーブルにひとふさの葡萄

葡萄さん
君は葡萄であることが
辛くはないですか

葡萄であることに満足しているようにも
見えるのですが

人間ごときに
ぱくりごくりと
食べられてしまう寸前だというのに

その落ち着き払った
つややかさ
フェルメールを超えそうな
きよらかな色彩の装いは

とても素敵だ

この世を生き抜くことが
少しばかり無意味に思える夜は

不思議な威厳を見せる
葡萄と語らって

神様がこの世に創られた
人間以外の生命について
あれこれと考えてから

柚子の香りがするお酒を飲んで寝た

夢の中に
葡萄は出て来なかった












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