愛を
愛を捨てたので
よく眠れる
愛をあきらめたので
心はなだらか
愛はうとましく
孤独は美しく
愛を遠ざけて
子供に還る
愛は体に悪いと
認定されたこの星で
誰か 誰か
愛を見たひとは
居ますか
秋の瞳
オゾン層の裂けめから
秋の瞳がのぞいている
地上では
けなげな馬が死んで
貧しい花束に埋もれた
髪の薄い男が
姿をあらわすたび
鉄塔は錆びていき
人々は視力が落ち
やがて何も見えなくなり
秋の瞳は凍えながら
おおいぬ座の方角へ
還って行く
猫ばあさん
黒いコートに枯葉色のストール
猫ばあさんがやって来る
おなかをすかせた猫はいないか
人間どもにいじめられて
傷ついた猫はいないか
木綿のリュックには七つ道具
カルシウム入りの猫缶
懐中電灯 晴雨兼用カサ
軟膏 胃腸薬 ビタミン剤
ちいさなシャベルは
死んだ猫を埋めるため
この界隈の猫ちゃんたちの
顔も声もすべて知ってる
生きてる者に食料を
昇天した者に安息を
私は猫なしじゃ生きられないが
猫は私がいなくても平気かも
そんなこと先刻ご承知さ
人間は人間を愛すべきなんて
誰が決めたんだい
あてにならない人間どもより
石や花や虫に恋する種族が居てもいい
私は猫が好きなだけ
ひらりひらり
草を揺らして
黄昏どき
神社の裏の竹やぶに
猫ばあさんの背中が光る
注・実在のモデルは居ません。この詩はフィクションです。
伝説
赤い糸で結ばれた相手が
この世のどこかに
居るはずと信じてた
幸せな人々が死に絶えて
赤い糸をたぐり寄せることが
できなかった人々が
幾万の窓のなかで独り
TVニュースを見ている
北の海には
廃液が流れ込み
ラッコの夫婦が死んだ
さびしい人々の住む都も
やがて海の底に沈み
魚たちの伝説となる
草原へ
モンゴルの草原へ
私は行ったことがない
そこにはきっと
私の母に似た
まるくあどけない顔の
少女がいるだろう
草は風に溺れ
風は蒼天を巡る
ゲルの暮らしの中で
羊料理を囲む人々の額に
牧神の末裔のしるしが
密やかな花のように刻まれ
凍える夜と
熱波の昼と
まぎれもない
アジアの民
私と同じ
黄色い皮膚と
煙水晶の瞳の
草原の一族が歌う国へ
私はまだ
行ったことがない
Autumn blues
そのふやけた唇から
流れ出すのは
愛と夢をまぶした偽りの言葉
自分を楽にする
魔法の小道具
弱い心を守るため
紡ぎ出した嘘が
本当の君を
殺してしまった
口当たりのいい
言葉しか信じない人々が
耳ざわりのいい
言葉しか聞こえない連中が
ひしめく地上に
君の生温い舌が
溢れさせるもの
その響きは
毒より甘く
蜜より儚げで
秋空の鼓膜が
病んで行く
サイレント・ノート
九月の夜明けは
透きとおった薄荷の匂いなんて
嘘を書いてはいけない
耳下腺にしみる
したたかな毒物の香りこそ
僕らの時代の親しき友
世界は美しいとか
人間は素晴らしいとか
生命は尊いとか
博物館のプレートに刻まれた
懐かしい詞は忘れ去られ
黒いブーツに
踏み砕かれて散って行く
心弱い無数の人々が
声を発することなく
あの沈黙の森へ
虚無の海へ暗闇の谷へ
行進するのを僕は見た
殺される前にひとこと
死にたくないと叫ぼうとしても
愛していたと伝えたくても
枯れ果てた彼らの声帯は
震えることすら出来ない
だから僕は
預言者カッサンドラには
なれないけれど
ひとり街中に立っている
不吉な砂塵と
悪い西風が吹いて来る
誰もいなくなった三叉路で
生き抜くための
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